第1回「賃労働と資本」の学習
カールマルクス著 村田陽一訳 国民文庫=22 大月書店
学習始めるにあたり、
『賃労働と資本』を学習するのは、何十年かぶりです。この本をなぜ読み返してみようかと思い立ったのは、『資本論』の学習を進めていくうちに、もう少し理解しやすいものは何か思案していると、 『賃金価格および利潤』などと合わせて基礎を学ぶことができると言うアドバイスを見つけることができたからです。 内容的には単行本100ページに満たないので短期間で読み終えることが可能でしょう。 一回の学習で2ページ進むとしますと2ヶ月ほどでは終了できると思います 。
世界の資本主義経済は、新型コロナウイルス感染症の対策で精一杯となっています。現在ワクチン接種が、イギリス、アメリカ、が先行して行われています。日本では「第4波」が賀猛威を振るい感染確認をしている人がまだ増えるている状況です。
今回は中身に少しだけ触れます。
凡例
1 本訳書は、マルクス=エンジェルス=研究所編『国際版マルクス=エンゲルス全集』
及び『マルクス=エンゲルス2巻選集』を底本どうして訳出した。
1事項訳注は(1)(2)・・・・で示し、人名注は「あいうえお」 順に配列して 、ともに一括して巻末に掲げておいた。なお、文中〔 〕6号活字のものも訳者による簡単な注は補足である。したがって 、本文中( )内の字句は全て原著書の挿入句である。
1原文のイタリック体または隔字体の箇所は訳分では傍点を振ってこれを示した。
目次
賃労働と資本
エンジェルスの序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44
4・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
5・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62
解説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77
人名注 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・巻末
事項注・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・巻末
米本文を学ぶ前に、解説を呼んで学ぶ準備をしたいと思います。解説は5000文字程度なので一回で終えるようにしたいと考えています 。
人名にあるリカードについて、ネット上で調べたいと思います。
デヴィッド・リカード(英: David Ricardo、1772年4月18日[要出典] - 1823年9月11日)は、自由貿易を擁護する理論を唱えたイギリスの経済学者。各国が比較優位に立つ産品を重点的に輸出することで経済厚生は高まる、とする「比較生産費説」を主張した。スミス、マルクス、ケインズと並ぶ経済学の黎明期の重要人物とされるが、その中でもリカードは特に「近代経済学の創始者」として評価されている[。
Works, 1852
リカードは17人兄弟の3番目としてロンドンで生まれた。彼の家はスペイン系およびポルトガル系のユダヤ人で、彼が生まれるほんの少し前に、オランダからイギリスへ移住して来た。14歳のとき、リカードはロンドン証券取引所で父親エイブラハム・リカードの仕事に加わった。21歳のとき、リカードは家族の正統派ユダヤ教の信仰を拒絶し、クエーカー教徒のプリシラ・アン・ウィルキンソンと駆け落ちする。これによって父親から勘当されることになり、ケンブリッジ大学を中退して、自ら株式仲買人として独立することになった。その後リカードはユニテリアン派の教徒となっている。
リカードの証券取引所での成功は彼を裕福にし、42歳となった1814年に仕事を引退。グロスター州のギャトコム・パーク(英語版)に邸宅を購入し、生涯の住処とした。1819年にはアイルランドの都市選挙区であるポーターリングトンから庶民院(下院)に出馬、当選して代議士として自由貿易を主張し、また、穀物法の廃止を主張した。1821年にはトーマス・トゥックやジェームズ・ミル、トマス・ロバート・マルサスやジェレミ・ベンサムなど著名な経済学者とともに、政治経済クラブ(英語版)の設立に尽力した。
1823年、耳の伝染病のため51歳で急逝、遺産として7500万ポンド(約150億円)を残した[2]。
リカードは、ジェームズ・ミルの親友であり、ミルは彼に政治への大志や経済学の著述を勧めた。他の著名な友人の中にマルサスやベンサムがいる。死の10日前、論敵でもあったマルサスに対して手紙で「議論が私たちの友情を決して傷つけなかった。君が私の説に賛成してくれたとしても、そのことで今以上にあなたを好きになることはありません」と記している[3]。(wiki peediaより引用)
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