第15回賃労働と資本
カール・マルクス 村田陽一訳
国民文庫=大月書店 の学習
24ページ
賃労働と資本
われわれは、今日の階級闘争や民族闘争の物質的基礎をなしている経済的諸関係を
これまで述べなかったといって、いろいろの方面から非難をうけた。
われわれは、わざと、これらの経済的関係には、それが政治的衝突のうちに直接に姿をあらわしてくるところでしか、ふれなかったのであった
。
これまではなによりも必要だったのは、日々の歴史のうらに階級闘争をあとづけ、
すでにありあわせる歴史的材料や、日々あらたにつくりだされる歴史的材料にもとづ(6)
いて、つぎのことを経験的に証明することであった。
それは、二月革命と三月革命をおこなった労働者階級が圧服されると同時に、彼らの敵――フランスではブルジョア共和主義者、ヨーロッパ大陸全体では封建的絶対主義とたたかっているブルジョア階級と農民階級――も敗北したのだということ、
フランスで「律儀な共和制」が勝利したことは、同時に、英雄的な独立戦争をもって二月革命にこたえた諸民族の没落であったということ、最後に、革命的労働者の敗北とともに、ヨーロッパはその古い二重の奴隷制に、すなわちイギリス的="シア的な奴隷制に逆もどりしたということである。
パリの六月闘争、ウィーンの陥落、一八四八年一一月のベルリンの悲喜劇、ポー
ランド、イタリア、ハンガリアの必死の奮闘、アイルランドの飢饉のための屈服―
―これらが、ヨーロッパにおけるブルジョアジーと労働者階級の階級闘争を総括する主
要な諸契機であって、われわれはこれらにもとづいて、つぎのことを証明した。
それは、どんな革命的反乱も、たとえその目標がどんなに階級闘争からかけはなれている
ようにみえようとも、革命的労働者階級が勝利するまでは、失敗するほかないという
こと、
どんな社会改良も、プロレタリア革命と封建的反革命とが一つの世界戦争で勝
敗を決するまでは、ユートピアにとどまるということである。
われわれの叙述では、現実においてもそうであるが、ベルギーとスイスとは、一つはブルジョア的君主制の模範国として、もう一つはブルジョア的共和制の模範国として、大歴史画中の悲喜劇的な漫画的風俗画であった。
どちらの国も、自分は階級闘争にもョーゼッパ革命にも右同じようにかかわりがない、と想像しているのである。
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