第14回賃労働と資本
カール・マルクス 村田陽一訳
国民文庫=大月書店 の学習
今回で序文は終わります。次回から『賃労働と資本』本文になります。
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必地主階級とわければよいのであるが、われわれがたったいまみたように、この部分は、
新しい発明や発見がなされるたびに大きくなっていくのに、労働者階級のわりまえと
なる部分は、(頭わりで計算すると)ごくゆっくりと、わずかばかり増加するだけであ
るか、あるいは全然増加せず、ばあいによっては減少さえしかねないのである。
だが、ますます急速につぎつぎにとってかわっていくこれらの発明や発見、前代未
聞の程度で日々にたかまっていく人間労働のこの生産性は、ついには一つの衝突をう
み、この衝突のなかで、今日の資本主義経済は没落せざるをえなくなる。
一方には、はかりしれない富と、購買者につかいこなせないありあまった生産物がある。
他方では、社会の膨大な大衆はプロレタリア化され、貸金労働者にかえられ、まさにその結
果として、 このありあまった生産物を手にいれる力をうしなっている。
少数の、 法外に富んだ階級と、多数の、無産の賃金労働者の階級とへ社会が分裂した結果、 この社会はそれ自身のありあまった富のなかで窒息しているのに、この社会の大多数の成員は、ほとんどあるいはまったく保護されずに極度の欠乏におちいるままにまかさ
れている。
この状態は日ましにいよいよ不合理に、そして不必要になる。
この状態はとりのぞかなければならないし、またとりのぞくことができる。一つの新しい社会制(中)度が可能である。
それは、今日の階級差別が消えうせており、――おそらく、いくらか不足がちな、だがいずれにせよ道徳的にはなはだ有益な、短い過渡期を経てすでに存在している巨大な生産力を計画的に利用しさらに発展させることによって、すべての社会成員が、平等の労働義務を負いながら、生活のため、生活享楽のため、いっさいの肉体的・精神的能力を発達させ発揮するための手段をも、平等に、ますますゆたかに利用できる、そういう社会制度である。
そして、労働者がこういう新しい社会制度をたたかいとる決意をますますかためていることは、大洋の両側で、明五月一(5)日と五月三日の日曜日とが証明するであろう。
ロンドン 一八九一年四月三〇日
フリードリヒ・エンゲルス
賃労働と資本
一八九一年ベルリン発行のマルクスの著
作『賃労働と資本』単行版のために執筆
一八九一年版のテキストによる
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