第12回賃労働と資本
カール・マルクス 村田陽一訳
国民文庫=大月書店 の学習
18ページ
しかし、この労働力は彼の身体と合生しており、この身体からひきはなすことはできない。
したがって、労働力の生産費は労働者の生産費と一致する。経済学者が労働の生産費と名づけたものは、ほかならぬ労働者の生産費のことであり、したがって労働力の生産費のことである。
こうして、われわれはまた、労働力の生産費から労働力の価値にもどり、そして、マルクスが労働力の売買にかんする節でやったように(『資本論』、第一巻第四章第三節)[国民文庫版、第二分冊、四二五八ページ、一定の質の労働力の生産に必要な社会的必要労働の分量をきめることができるのである。
さて、労働者が資本家に彼の労働力を売ったあとで、すなわち、あらかじめ約定された賃金――時間払い賃金または出来高払い賃金――とひきかえに彼の労働力を資本家の自由にゆだねたあとで、なにがおこるか?
資本家は労働者を自分の作業場または工場へつれていくが、そこにはすでに作業に必要ないっさいのもの、原料や、補助材料(石炭、染料等)や、道具や、機械が存在している。
ここで労働者は汗水ながしてはたらきはじめる。彼の日給は、まえどおりに、三マルクだとしよう。――このばあい、彼がそれを時間払い賃金の形でかせぐか出来高払い賃金の形でかせぐかは、どうでもよいことである。
このばあいにもまた、労働者は一二時間のあいだに彼の労働によってハマルクの新しい価値を消耗された原料につけくわえるものと、仮定しよう。
この新しい価値を資本家は完成品の販売に際して実現する。
資本家は、このうちから労働者にその取分の三マルクを支払うが、残りの三マルクは自分でとる。ところで、労働者が一二時間で六マルクの価値をつくりだすとすれば、六時間では三マルクの価値をつくりだす。
だから彼は、資本家のために六時間はたらいたなら、貸金としてうけとった三マルクの対価はすでに資本家につくなったわけである。
六時間はたらいたあとでは、両方とも勘定ずみで、どちらも相手がたに一文の借りもない。
「ちょっとまってくれ!」と今度は資本家がさけぶ。「おれは労働者をまる一日、
一二時間だけやとったのだ。
ところが、六時間では半日にしかならない。だから、もう六時間おわるまでつづいてせっせとはたらくのだ。――そうしてはじめておれたちは勘定ずみになるのだ!」そして実際、労働者は、彼が「自由意志で」むすんだ契約、六労働時間を要する労働生産物とひきかえにまる一二時間はたらく義務を彼に負わせている契約に、したがわなければならないのである。
出来高払い賃金でも、まったく同じことである。わが労働者は一二時間に一二個の 商品をつくるものと仮定しよう。そのおのおのが原料と磨損分とで二マルクかかり、2マルク半で売られるとする。20ページ1行目
0 件のコメント:
コメントを投稿