第13回賃労働と資本
カール・マルクス 村田陽一訳
国民文庫=大月書店 の学習
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二マルク半で売られるとする。そうすると、ほかの条件がまえとおりだとすれば、資
本家は労働者に一個あたり二五べニヒをあたえるであろう。
すなわち、一二個では三マルクになり、労働者はそれをかせぐのに一二時間を要する。資本家は一二個に対して三〇マルクうけとる。原料と磨損分とのための四マルクをさしひくと六マルクのこるが、そのうちから彼は三マルクの賃金を支払い、三マルクをポケットにいれる。
まえとまったく同じである。このばあいにも労働者は、六時間は自分のために、すな
わら彼の賃金をうめあわせるために(一二時間の各一時問に半時間ずつ)はたらき、
六時間は資本家のためにはたらく。
「労働」の価値から出発したかぎり最良の経済学者をさえ挫折させた困難は、われ
われが「労働」の価値の代りに「労働力」の価値から出発するやいなや消えてなくなる。
労働力は、われわれの今日の資本主義社会では商品であり、商品だという点ではほか
のどの商品ともかわりはないが、しかし、まったく特殊な商品である。
すなわち、それは、価値を創造する力であるという、価値の源泉、しかも適当にとりあつかえばそれ自身のもっている価値より大きな価値の源泉になるという、特別の性質をもってい
る。
今日の生産の水準のもとでは、人間の労働力は、一日のうちに、それ自身でもっており、それ自身についやされる価値より大きな価値を生産するだけではない。
新しい科学的発見のなされるたびに、新しい技術的発明がなされるたびに、労働力の一日
の費用に対する労働力の一日の生産物のこの超過分はふえていき、
したがって労働日のうち、労働者が彼の日給のうめあわせをはたらきだす部分がみじかくなり、したがって、他面では、労働日のうち、彼が代価の支払いをうけないで自分の労働を資本家に贈呈しなければならない部分が長くなる。
そして、労働者階級だけがいっさいの価値を生産するということ、これが、今日の
われわれの全社会の経済制度である。
というのは、価値とは、労働ということをべっのことばでいいあらわしたものにすぎず、今日のわれわれの資本主義社会で、一定の商品のうちにふくまれている社会的必要労働の分量をさすのにもちいられる表現にすぎないからである。
しかし、労働者が生産したこれらの価値は、労働者のものではない。それらは、原料や機械や道具を所有し、かつ労働者階級の労働力を買う可能性をその所有者に与える前払い手段を所有する人のものである。
だから、労働者階級は、自分の作りだした生產物の全量のうち、一部分を自分の分として返してもらう だけである。そして、残りの部分は資本家階級が自分の分としてとり、せいぜいなお地主階級と分ければ良いのであるが、22ページ1行目
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